*

「巨人の肩の上に立つ」ということ

公開日: : 最終更新日:2016/05/13 単純作業に心を込める

「巨人の肩の上に立つ」という言葉をご存知でしょうか。

Google Scholarにも掲げられているこの言葉は、ニュートンの言葉として紹介されることが多いのですが、実際は、12世紀の哲学者ベルナール(ベルナルドゥス)の言葉だそうです。

私がこの言葉をはじめて目にしたのは、多分、伊坂幸太郎の『陽気なギャングの日常と襲撃 (祥伝社文庫)』なのですが、はじめて目にしたときから、「研究」というあり方の本質をうまく捉えた、優れたメタファーだと考えていました。

でも、最近、「研究」というあり方を考えていて、「巨人の肩」というメタファーは、ちょっとちがうような気もします。この違和感を掘り下げてみたところ、ひとまず2つのポイントにたどり着きました。

1.ひとりの「巨人」ではない

ひとつめは、「巨人」というメタファーに対する違和感です。

「巨人の肩の上に立つ」というと、矮小な自分が、偉大な巨人の肩の上に立つ、というイメージが浮かびます。このイメージの人数を考えてみると、自分も、巨人も、ひとりではないでしょうか。ひとりの小さな自分が、ひとりの大きな巨人の肩にちょこんと乗って遠くを見渡しているような、そんな絵です。

しかし、実際には、そんなひとりの「巨人」は実在しません。ここでいう「巨人」とは、たくさんの小さな人間の集合体です。自分よりも優れたひとりの大きな研究者に乗っかっているのではなく、自分よりも前にいたたくさんの研究者が積み重ねてきたものに乗っかっているわけです。

自分よりも前にいたたくさんの研究者の中には、自分よりも優れた人がいます。当然です。ですが、自分より優れているわけではない人もいます。これも当然です。ですが、自分より優れているわけではない人がいなければ、ここでいう「巨人」はありえません。「巨人」とは、自分よりも前にいた自分よりもずっと偉大な人のことではなく、自分よりも前にいた、自分と同じような人たちの集合体なのです。

このように、ひとつめの違和感は、「巨人」という、ひとりの偉大な人物を連想させることに対する違和感です

2.「高さ」「広い」ではない基準

ふたつめは、「高さ」というひとつの基準に沿って進んでいくような感じがすることに対する違和感です。

「巨人の肩の上に立つ」というメタファーは、「巨人の肩の上に立つことによって、自分一人ではたどりつけなかった高い視点から物事を見ることができた」ということを意味します。ここでは、「高さ」という基準が重視されていて、高いところから広い範囲でものを見ることが、絶対的なプラスの価値を持つことが前提とされています。

でも、「研究」というあり方は、たくさんの価値基準を持っています。垂直方向にしたって、「高い」だけがよいわけではなく、「深い」という価値もあります。「広い」の反対である「狭い」だとしても、その「狭い」範囲を高密度で研究することで独自の価値を生むこともあります。「美しさ」「豊かさ」「彩り」といった、全然別次元の価値だってあります。

「高さ」「広さ」以外にも、価値を評価する基準は、たくさんあるのです。

もっといえば、「研究」というあり方は、どこかに向かって進んでいく過程でなくてもかまいません。

どんな研究であれ、何らかの知見をこの世の中に追加する役割を持っているのですが、何らかの知見を世の中に追加しさえすれば、それだけで、その研究には意義があるように思います。その知見が、いつ、どこで、誰のために、どんなために価値を発揮するのかがわからなくても、そんなことは別にかまいません。もちろん、世の中には、何らかの大きなゴールに到達するための計画を前提とした研究も存在しますが、そうである必要はありません。

しかし、「巨人の肩の上に立つ」というメタファーは、研究の集合体の中に、「高さ」という基準を上に向かって進んでいく、ひとつの大きなゴールを目指す流れがあるようなイメージを与えます。ここに私は、ちょっとした違和感を感じます。

スポンサードリンク

関連記事

no image

価値を生み出すことに関するブログのあり方が、とりわけ好き。

1.ブログをするのが好きなのは、なぜか? 最近しみじみと思うのですが、私は、ブログをするのが、好きで

記事を読む

no image

好きで、得意で、お金をいただけることを、あえて仕事にしない、という贅沢

1.好きで、得意で、お金をいただけること 昔々、私が自分の将来の進路を決めようとしていたとき、尊敬

記事を読む

no image

為末大『諦める力』を、持続可能な毎日ための教科書として読む

1.『諦める力~勝てないのは努力が足りないからじゃない』(為末大) 為末大さんの『諦める力』を読み

記事を読む

no image

勇者の本

あるところに、ひとりの勇者がいました。勇者は、魔王ゾーマを打ち破り世界に平和をもたらす、という大きな

記事を読む

no image

「枠の外に混沌さを排出することによって、内部の秩序を高める」という動きは、日常の中に、当たり前のように存在する。

先日、これを書きました。 「個人のための知的生産システム」内部の秩序を維持するための、2つのアプロー

記事を読む

no image

単純作業に心を込める3つの方向性を、子育てに適用してみる

1.単純作業に心を込める3つの方向性 以前、単純作業に心を込めるために、3つの方向性がある、という

記事を読む

no image

[条件づくり]と[手順組み]、そして「待つ」こと。(『[超メモ学入門]マンダラートの技法』より)

1.はじめに こんな文章を書きました。 「失敗のマンダラ」で失敗の構造をみる。 「「失敗のマンダラ」

記事を読む

no image

「単純作業に心を込めて」を、『千夜一夜物語』みたいなブログにしたい。

1.『千夜一夜物語』の構造 (1) 『千夜一夜物語』 『千夜一夜物語』という物語があります。『ア

記事を読む

no image

過去と未来に向けて開かれた流動的な構造

千夜一夜の物語 今から2年ほど前の2014年9月30日、この「単純作業に心を込めて」というブログに、

記事を読む

no image

単純作業に心を込める、3つの方向性

1.はじめに 私は、単純作業に心を込めることを、自分の行動指針にしています。単純作業に心を込めるこ

記事を読む

スポンサードリンク

スポンサードリンク

no image
お待たせしました! オフライン対応&起動高速化のHandyFlowy Ver.1.5(iOS)

お待たせしました! なんと、ついに、できちゃいました。オフライン対応&

no image
「ハサミスクリプト for MarsEdit irodrawEdition」をキーボードから使うための導入準備(Mac)

諸事情により、Macの環境を再度設定しています。 ブログ関係の最重要は

no image
AI・BI・PI・BC

AI 『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』を読

no image
[『サピエンス全史』を起点に考える]「それは、サピエンス全体に存在する協力を増やすか?」という評価基準

1.「社会派」に対する私の不信感 (1) 「実存派」と「社会派」 哲学

no image
[『サピエンス全史』を起点に考える]サピエンス全体に存在する協力の量と質は、どのように増えていくのか?

『サピエンス全史』は、大勢で柔軟に協力することがサピエンスの強みだと指

→もっと見る

  • irodraw
    彩郎 @irodraw 
    子育てに没頭中のワーキングパパです。1980年代生まれ、愛知県在住。 好きなことは、子育て、読書、ブログ、家事、デジタルツールいじり。
    このブログは、毎日の暮らしに彩りを加えるために、どんな知恵や情報やデジタルツールがどのように役に立つのか、私が、いろいろと試行錯誤した過程と結果を、形にして発信して蓄積する場です。
    連絡先:irodrawあっとまーくtjsg-kokoro.com

    feedlyへの登録はこちら
    follow us in feedly

    RSSはこちら

    Google+ページ

    Facebookページ

PAGE TOP ↑