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[『サピエンス全史』を読む]サピエンスの協力ネットワークが機能する背後には、どんな仕組みがあるのか?(第2部 農業革命)

公開日: :

『サピエンス全史』があまりに面白いので、じっくりと時間をかけて、丁寧に読んでいきます。

前回は、「第1部 認知革命」でした。

[『サピエンス全史』を読む]サピエンスの強みはどこにあるのか?(第1部 認知革命)

今回は、「第2部 農業革命」を取り上げます。

なお、引用はすべて『サピエンス全史 上下合本版』からで、location番号は同書のKindle本によっています。

1.「第2部 農業革命」の概要と、今回の問い

(1) 「第2部 農業革命」の概要

「第2部 農業革命」の章立ては、以下のとおりです。

  • 第5章 農耕がもたらした繁栄と悲劇
  • 第6章 神話による社会の拡大
  • 第7章 書記体系の発明
  • 第8章 想像上のヒエラルキーと差別

時間軸では、約1万2000年前から約5000年前ころまでを対象としています。

各章の内容を簡単に概観します。

「第5章 農耕がもたらした繁栄と悲劇」

「第5章 農耕がもたらした繁栄と悲劇」は、農業革命を扱います。

■ 農業革命は、小麦や稲による詐欺だった!

一般的に、農業革命は、輝かしき人類の進歩だと考えられています。しかし、『サピエンス全史』は、「農業革命は詐欺だった」と言うのです。どういうことでしょうか。

まず、農業革命より前、サピエンスは、狩猟採取民として、豊かな生活を送っていました。

他のことなどする理由があるだろうか? なにしろ、従来の生活様式でたっぷり腹が満たされ、社会構造と宗教的信仰と政治的ダイナミクスを持つ豊かな世界が支えられているのだから。

location 1497

ところが、農業革命後、サピエンスは、ほぼすべての時間と労力を、いくつかの動植物種の生命を操作することに傾けざるを得なくなりました。これが、農業革命です。

だが、一万年ほど前にすべてが一変した。それは、いくつかの動植物種の生命を操作することに、サピエンスがほぼすべての時間と労力を傾け始めたときだった。人間は日の出から日の入りまで、種を蒔き、作物に水をやり、雑草を抜き、青々とした草地にヒツジを連れていった。こうして働けば、より多くの果物や穀物、肉が手に入るだろうと考えてのことだ。

これは人間の暮らし方における革命、すなわち農業革命だった。

location 1499

では、農業革命という詐欺の責を負うのは、誰なのでしょうか? 『サピエンス全史』は、犯人は小麦、稲、ジャガイモなどの植物種だった、といいます。サピエンスがこれらの植物種に家畜化されたこと。これがすなわち農業革命なのです。

では、それは誰の責任だったのか?

王のせいでもなければ、聖職者や商人のせいでもない。犯人は、小麦、稲、ジャガイモなどの、一握りの植物種だった。ホモ・サピエンスがそれらを栽培化したのではなく、逆にホモ・サピエンスがそれらに家畜化されたのだ。

location 1542

■ 進化上の成功と個々の苦しみとの乖離

では、農業革命によって、サピエンスは、何を得たのでしょうか。この問いは、視点の置き方によって変わります。個々の人々は何も得ませんでしたが、サピエンスという種全体は、数を増やすことができる、という対価を得ました。

じつは、個々の人々には何も提供しなかった。

だが、ホモ・サピエンスという種全体には、授けたものがあった。小麦を栽培すれば、単位面積当たりの土地からはるかに多くの食物が得られ、そのおかげでホモ・サピエンスは指数関数的に数を増やせたのだ。

location 1603

ここには、進化上の精工と個々の苦しみとの乖離、という重要な教訓が潜んでいます。

進化上の成功と個々の苦しみとのこの乖離は、私たちが農業革命から引き出しうる教訓のうちで最も重要かもしれない。

location 1844

「第6章 神話による社会の拡大」

農業革命後、サピエンスの社会は拡大しました。この拡大を支えたのは、サピエンスの生物的な本能ではなく、サピエンスが考案した2つのもの、すなわち、「想像上の秩序」と「書記体系」です。

農業革命以降の何千年もの人類史を理解しようと思えば、最終的に一つの疑問に行き着く。

人類は、大規模な協力ネットワークを維持するのに必要な生物学的本能を欠いているのに、自らをどう組織してそのようなネットワークを形成したのか、だ。

手短に答えれば、人類は想像上の秩序を生み出し、書記体系を考案することによって、となる。これら二つの発明が、私たちが生物学的に受け継いだものに空いていた穴を埋めたのだ。

location 2478

「第6章 神話による社会の拡大」は、このうち、「想像上の秩序」が果たした役割を概観します。

■ 農業革命による、空間軸と時間軸の変化

農業革命は、サピエンスの暮らす空間と時間を変えました。空間軸は狭くなり、

一方、農耕民はほとんどの日々を小さな畑か果樹園で過ごし、家庭生活は、木、石、あるいは泥でできた、間口も奥行きも数メートル程度の狭苦しい構造物、すなわち「家」を中心に営まれた。

location 1863

時間軸は広がりました。

農耕民の空間が縮小する一方で、彼らの時間は拡大した。狩猟採集民はたいてい、翌週や翌月のことを考えるのに時間をかけたりしなかった。だが農耕民は、想像の中で何年も何十年も先まで、楽々と思いを馳せた。

location 1887

時間軸を獲得することができるようになると同時に、サピエンスの心には、未来に対する不安が登場しました。

したがって、農耕が始まったまさにそのときから、未来に対する不安は、人間の心という舞台の常連となった。

location 1906

■ 神話による協力ネットワーク

農業革命によってサピエンスの心に生じた不安とストレスが契機となって、サピエンスは、政治体制や社会体制といった協力ネットワークを育てていきました。

農耕民が未来を心配するのは、心配の種が多かったからだけでなく、それに対して何かしら手が打てたからでもある。彼らは、開墾してさらに畑を作ったり、新たな灌漑水路を掘ったり、追加で作物を植えつけたりできた。不安でしかたがない農耕民は、夏場の収穫アリさながら、狂ったように働きまくり、汗水垂らしてオリーブの木を植え、その実を子供や孫が搾り、すぐに食べたいものも、冬や翌年まで我慢した。

location 1914

農耕のストレスは、広範な影響を及ぼした。そのストレスが、大規模な政治体制や社会体制の土台だった。

location 1918

協力ネットワークを支えたのは、神話です。神話という強力な道具によって、遺伝子レベルの人類の進化を置き去りに、人類は協力ネットワークをますます複雑化させていきました。

じつは、神話は誰一人想像できなかったほど強力だったのだ。農業革命によって、混雑した都市や無敵の帝国を打ち立てる機会が開かれると、人々は偉大なる神々や母国、株式会社にまつわる物語を創作し、必要とされていた社会的つながりを提供した。人類の進化がそれまでどおりの、カタツムリの這うようなペースで続くなか、人類の想像力のおかげで、地球上ではかつて見られなかった類の、大規模な協力の驚くべきネットワークが構築されていた。

location 1948

これが、「想像上の秩序」です。

「第7章 書記体系の発明」

「第7章 書記体系の発明」のテーマは、サピエンスの社会拡大を支えたもうひとつの要素である「書記体系」です。

■ 情報伝達手段としての遺伝子とその限界

大規模な集団を維持するには、たくさんの情報を保存し伝達する必要があります。通常、生命は、生命を維持するために必要な情報を、すべて遺伝子に保存します。しかし、人間が扱うのは遺伝子には書き込まれていない想像上の秩序に関する情報なので、遺伝子には書き込まれていません。その上、人間の脳は、想像上の秩序を保つのに不可欠な情報を覚えるために、必ずしも向いていません。

サピエンスの社会秩序は想像上のものなので、人類はDNAの複製を作ったり、それを子孫に伝えたりするだけでは、その秩序を保つのに不可欠な情報を維持できない。

location 2272

長い間、これは、人類の集団の規模と複雑さを制約する大きな限界でした。

この精神的限界のせいで、人類の集団の規模と複雑さは深刻な制約を受けた。特定の社会の人口と資産の量がある決定的な限界を超えると、大量の数理的データを保存し処理することが必要となった。人間の脳にはそれができないので、体制が崩壊した。農業革命以降、人類の社会的ネットワークは何千年間も、比較的小さく単純なままだった。

location 2309

■ 書記体系の発明

この問題を克服したのが、古代シュメール人による書記です。

紀元前三五〇〇年と紀元前三〇〇〇年の間に、名も知れぬシュメール人の天才が、脳の外で情報を保存して処理するシステムを発明した。もっぱら大量の数理的データを扱うようにできているシステムだ。

location 2315

シュメール人が発明したこのデータ処理システムは、「書記」と呼ばれる。

location 2318

書記が機能するためには、検索システムが必要です。しかし、この検索システムを整えるのは簡単なことではありません。単に書記を発明するだけでなく、検索システムを打ち立てた文明こそが、古代帝国の座についたのです。

ファラオの時代のエジプトや古代中国、インカ帝国とともにシュメールが際立っているのは、これらの文化が、書きとめた記録を保管し、その目録を作り、それらを検索する優れた技術を開発したからだ。これらの文化は、筆写者や整理係、文書管理責任者、会計士のための学校にも投資した。

location 2415

それ以降、書記体系は、人類にとって大きな存在となりました。今では、人類の思考方法自体に大きな影響を与えているほどです。

書記体系が人類の歴史に与えた最も重要な影響は、人類が世の中について考えたり、世の中を眺めたりする方法を、徐々に変えたことだ。

自由連想と網羅的思考は、分類と官僚制に道を譲ったのだ。

location 2444

■ 数理的書記体系と二進法の書記体系

書記は、0から9の10個の数を表す記号から成り立つ数理的書記体系によって、ますます強力になりました。この書記体系は、数を扱うために完璧だったことから、世界の最も有力な言語となりました。

この書記の体系は今なお不完全な書記体系のままだが、世界の最も有力な言語となった。

location 2458

今や、政府や組織、企業において何らかの役割を果たしたいと望むなら、この数の言語を学ぶ必要があります。

したがって、政府や組織、企業の決定に影響を与えたいと望む人は数を使って語ることを学ぶ必要がある。

location 2462

その後、誕生した二進法は、これまで以上に革命的な書記体系です。

その後、数理的書記体系は、これまで以上に革命的な書記体系を生み出した。0と1のわずか二つの記号だけから成る、コンピューター処理の二進法の書記体系だ。私が今キーボードで入力している単語は、私のコンピューターの中で0と1の異なる組み合わせで書かれている。

location 2465

書記は、少しずつ、人間の意識の主人になりつつあるのかもしれません。

書記は人間の意識の下働きとして生まれたが、しだいに人間の意識の主人になりつつある。

location 2468

「第8章 想像上のヒエラルキーと差別」

「想像上の秩序」と「書記体系」によって生み出された大規模な社会のネットワークは、中立でも構成でもありませんでした。そこには想像上のヒエラルキーがあり、差別があったのです。

「第8章 想像上のヒエラルキーと差別」では、そんないくつかの差別のことが考察されています。

■ 虚構を根ざすヒエラルキー

想像上の秩序は、中立的でも公正でもありません。そこには、虚構に根ざすヒエラルキーがあります。このヒエラルキーは人間の集団を上層と下層に分けてきました。

これらのネットワークを維持する想像上の秩序は、中立的でも公正でもなかった。人々はそうした秩序によって、ヒエラルキーを成す、架空の集団に分けられた。上層の人々は特権と権力を享受したが、下層の人々は差別と迫害に苦しめられた。

location 2483

ところが、想像上のヒエラルキーは、すべからく、自身が虚構を起源とすることを否定し、自然で必然のものであると主張します。

自由人と奴隷、白人と黒人、富める者と貧しい者の間の、以上のような区別は、虚構に根差している(男性と女性のヒエラルキーについては、後ほど論じる)。だが、想像上のヒエラルキーはみな虚構を起源とすることを否定し、自然で必然のものであると主張するのが、歴史の鉄則だ。

location 2502

■ 差別という現象を歴史から理解する

歴史を学ぶ重要な理由のひとつは、ここにあります。

たいていの社会政治的ヒエラルキーは、論理的基盤や生物学的基盤を欠いており、偶然の出来事を神話で支えて永続させたものにほかならない。歴史を学ぶ重要な理由の一つもそこにある。

location 2683

だが現実には、ホモ・サピエンスの異なる集団どうしの生物学的区別は、無視できるほどでしかないので、インド社会の複雑さやアメリカ大陸の人種的ダイナミクスは生物学では説明できない。これらの現象を理解するには、想像力が生み出した虚構を、残忍で非常に現実味のある社会構造に変換した出来事や事情、力関係を学ぶしかないのだ。

location 2686

(2) 今回の問い

「第2部 農業革命」を読むことを通じて考えたい今回の問いは、

サピエンスの協力ネットワークが機能する背後には、どんな仕組みがあるのか?

です。

遺伝子に依存しない大規模な協力ネットワークを構築している生物は、サピエンスだけです。サピエンスは、遺伝子のかわりにどのような仕組みを用意することで、協力ネットワークを機能させているのでしょうか?

2.『サピエンス全史』の回答

サピエンスの協力ネットワークが機能する背後には、どんな仕組みがあるのか?

この問いに対して、『サピエンス全史』が用意する回答は、「想像上の秩序」と「書記体系」です。順を追って、同書の論理を辿ってみます。

(1) 協力ネットワークが必要だが、遺伝子だけでは協力ネットワークは成り立たない

まず、この問題の背景から。

サピエンスがその強みを発揮するには、集団での協力が必要不可欠です。

集団での協力とは、つまりは、

  • 資源をどのように分け合うか
  • 対立や紛争をどう解決するか

といった問題について、複数のサピエンスが一定の合意に至ることです。

とはいえ、こうした新しい機会を活用するためには、余剰食糧と輸送の改善だけでは不十分だった。一つの町で一〇〇〇人を養えたり、一つの王国で一〇〇万人を養えたりするだけでは、人々が土地や水をどう分け合い、対立や紛争をどう解決するか、旱魃や戦争のときにどうするかについて、全員が同意できるとはかぎらない。そして、合意に至ることができなければ、たとえ倉庫にあり余るほど物があっても、不和が拡がってしまう。

location 1929

合意に至ることができなければ、サピエンスは壊滅します。サピエンスにとって、集団での協力を可能にする合意に至ることができるか否かは、死活問題です。

ところが、サピエンスにおける集団での協力は、遺伝子に書き込まれたコードによる裏付けを持っていません。アリやミツバチ、オオカミやチンパンジーといった多くの生物における集団での協力は、遺伝子に書き込まれたコードゆえのものであり、したがって、集団での協力が不可能になる恐れが著しく小さいのに対して、サピエンスの集団での協力は遺伝子という裏付けがないため、不安定です。

アリやミツバチといった、人間以外の種の一部に見られる大きな社会が安定していて強靭なのは、社会を維持するのに必要な情報の大半が、ゲノムにコード化されているからだ。

location 2264

kindle://book?action=open&asin=B01KLAFEZ4&location=2264

こうした惨事の根本には、人類が数十人から成る小さな生活集団で何百万年も進化してきたという事実がある。農業革命と、都市や王国や帝国の登場を隔てている数千年間では、大規模な協力のための本能が進化するには、短過ぎたのだ。

location 1938

そのため、遺伝子とはまったく別の原理を持ってこなければ、集団での協力が成り立たなくなります。

ここから、今回の問い、

サピエンスの協力ネットワークが機能する背後には、どんな仕組みがあるのか?

が現れます。

つまり、この問いのポイントは、

遺伝子に協力ネットワークが書き込まれていないサピエンスが、遺伝子に依存せず、協力ネットワークを構築できるのは、なぜなのか?

というところにあるわけです。

(2) 「想像上の秩序」と「書記体系」

a.「想像上の秩序」の機能

協力の生物学的本能を持たないサピエンスをして、協力ネットワークの構築を可能にしているひとつめが、「想像上の秩序」、共通の神話です。

共通の神話は、狩猟採集民だった時代から存在していました。

そのような生物学的本能が欠けているにもかかわらず、狩猟採集時代に何百もの見知らぬ人どうしが協力できたのは、彼らが共有していた神話のおかげだ。

location 1940

しかし、共通の神話がその真価を発揮したのは、農業革命以後です。

じつは、神話は誰一人想像できなかったほど強力だったのだ。農業革命によって、混雑した都市や無敵の帝国を打ち立てる機会が開かれると、人々は偉大なる神々や母国、株式会社にまつわる物語を創作し、必要とされていた社会的つながりを提供した。人類の進化がそれまでどおりの、カタツムリの這うようなペースで続くなか、人類の想像力のおかげで、地球上ではかつて見られなかった類の、大規模な協力の驚くべきネットワークが構築されていた。

location 1948

こうして、古代の文明で、「想像上の秩序」としての協力ネットワークが生まれました。

古代メソポタミアの都市から秦やローマの帝国まで、こうした協力ネットワークは、「想像上の秩序」だった。すなわち、それらを維持していた社会規範は、しっかり根づいた本能や個人的な面識ではなく、共有された神話を信じる気持ちに基づいていたのだ。

location 1976

「想像上の秩序」は、多数の人間が効果的に協力するための、唯一の方法です。

私たちが特定の秩序を信じるのは、それが客観的に正しいからではなく、それを信じれば効果的に協力して、より良い社会を作り出せるからだ。「想像上の秩序」は邪悪な陰謀や無用の幻想ではない。むしろ、多数の人間が効果的に協力するための、唯一の方法なのだ。

location 2083

b.「書記体系」の機能

「書記体系」も大きな役割を果たしました。

前提として、大規模な協力体制を維持するには、厖大な情報を管理する必要があります。このうちの多くは、数に関わる情報です。

帝国は厖大な量の情報を生み出す。

location 2281

kindle://book?action=open&asin=B01KLAFEZ4&location=2281

だが、二二人ではなく、何千人、いや何百万人もがかかわる大規模な協力体制の場合には、誰であれ一個人の脳では保存や処理がとうていできないほどの、厖大な量の情報を扱い、保存する必要がある。

location 2262

だが農業革命の後、著しく複雑な社会が出現し始めると、従来とはまったく異なる種類の情報が不可欠になった。数だ。

location 2299

しかし、サピエンスの脳は、厖大な数に関する情報を蓄積するという目的を十分に達成できるだけの性能を持っていません。

あいにく、人間の脳は帝国サイズのデータベースの保存装置としてはふさわしくない。

location 2283

理由は、

  • 容量が限られている
  • ひとりの人間が死ぬと、それとともに、脳内の情報は失われる
  • 人間の脳は、特定の種類の情報だけを保存し、処理するように適応してきたので、数の情報を効率的に保存することには、向かない

というものです。

ですから、人類の集団の規模と大きさは、人間の脳の性能というボトルネックから、大きな制約を受けていました。

この精神的限界のせいで、人類の集団の規模と複雑さは深刻な制約を受けた。特定の社会の人口と資産の量がある決定的な限界を超えると、大量の数理的データを保存し処理することが必要となった。人間の脳にはそれができないので、体制が崩壊した。農業革命以降、人類の社会的ネットワークは何千年間も、比較的小さく単純なままだった。

location 2309

このボトルネックを打ち破ったのが、「書紀」です。

この問題を最初に克服したのは、古代シュメール人だった。

location 2313

紀元前三五〇〇年と紀元前三〇〇〇年の間に、名も知れぬシュメール人の天才が、脳の外で情報を保存して処理するシステムを発明した。もっぱら大量の数理的データを扱うようにできているシステムだ。これによってシュメール人は社会秩序を人間の脳の制約から解き放ち、都市や王国や帝国の出現への道を開いた。シュメール人が発明したこのデータ処理システムは、「書記」と呼ばれる。

location 2315

ただし、「書紀」とは、単に意味を表す記号体系だけではありません。検索機能を含むシステムである必要があります。

記録を粘土板に刻みつけるだけでは、効率的で正確で便利なデータ処理が保証されるわけではないことは明らかだ。そうした処理には、目録のような整理の方法や、コピー機のような複写の方法、コンピューターのアルゴリズムのような、迅速で正確な検索の方法、そしてこれらのツールの使い方を知っている、杓子定規の(ただし、できることなら快活な)文献管理責任者が必要とされる。

location 2406

そうした方法を発明するのは、書記を発明するよりもはるかに難しいことが判明した。

location 2410

kindle://book?action=open&asin=B01KLAFEZ4&location=2410

ファラオの時代のエジプトや古代中国、インカ帝国とともにシュメールが際立っているのは、これらの文化が、書きとめた記録を保管し、その目録を作り、それらを検索する優れた技術を開発したからだ。これらの文化は、筆写者や整理係、文書管理責任者、会計士のための学校にも投資した。

location 2415

当時の技術からすれば、このような検索システムを実現するためには、官僚制が必要でした。

こうして、書記体系は、人類の思考方法に大きな影響を与えたのです。

書記体系が人類の歴史に与えた最も重要な影響は、人類が世の中について考えたり、世の中を眺めたりする方法を、徐々に変えたことだ。自由連想と網羅的思考は、分類と官僚制に道を譲ったのだ。

location 2444

3.若干の思索

「第2部 農業革命」を読みながら考えたことを、2つ、メモします。

(1) 未来に対する不安が前提とするもの

『サピエンス全史』は、「農業革命が未来に対する不安を生み出した」といいます。

したがって、農耕が始まったまさにそのときから、未来に対する不安は、人間の心という舞台の常連となった。

location 1906

なぜでしょうか。

3つの要素があります。

ひとつめは、農耕経済が季節の流れに沿った生産周期に基づいていたこと。

ところが農業革命のせいで、未来はそれ以前とは比べようもないほど重要になった。農耕民は未来を念頭に置き、未来のために働く必要があった。農耕経済は、何か月にも及ぶ耕作に短期の収穫繁忙期が続くという、季節の流れに沿った生産周期に基づいていた。

location 1896

ふたつめは、農耕に不確実性があったこと。豊作になるか不作になるかを事前に見通すことができません。

未来に関する懸念の根本には、季節の流れに沿った生産周期だけではなく、そもそも農耕につきまとう不確実性もあった。

location 1901

みっつめは、心配の種に対して何かしら手が打てたこと。何もしようがなければ、不安を抱いて意味がありません。

農耕民が未来を心配するのは、心配の種が多かったからだけでなく、それに対して何かしら手が打てたからでもある。彼らは、開墾してさらに畑を作ったり、新たな灌漑水路を掘ったり、追加で作物を植えつけたりできた。不安でしかたがない農耕民は、夏場の収穫アリさながら、狂ったように働きまくり、汗水垂らしてオリーブの木を植え、その実を子供や孫が搾り、すぐに食べたいものも、冬や翌年まで我慢した。

location 1914

なるほどなあ、と納得します。確かに、この3つがなければ、未来に対する不安は現れなかったかもしれません。

  • ある程度の生産周期が定まっていること
  • 不確実性が残されていること
  • 起こりうる心配の種に対して何かしら手が打てること

そこで考えました。未来に対する不安は、私の心という舞台でも、常連さんです。他方、この3つの要素は、未来に対する不安の前提です。だったら、これら3つ(のいずれか)を解消すれば、未来に対する不安は消え去ってしまうのではないでしょうか。

そう考えると、今の私の生活において、これら3つの要素は、いずれも当てはまらない気がします。少なくとも、農業革命後の古代農耕社会と比較すれば、全然当てはまりません。

ひとつめの「ある程度の生産周期が定まっていること」については、現代日本における生産周期は、全然一定していませんし、変わり続けています。私自身の生産周期にしても、定まった手順をくり返せばよいわけではありません。

ふたつめの「不確実性が残されていること」については、そりゃまあ不確実性はあるのですが、ボトムラインをどこに設定するかの問題のように思います。古代農耕社会のサピエンスたちが心配していたのは、「不作だと飢えて死ぬ」という、生命に関わるレベルの不安だったことでしょう。しかし、このレベルの不安を考えるなら、現代日本においては、もはや不確実性はありません。私は、今後どのようなことが起ころうと、飢えて死ぬことはなかろう、と楽観しています。

みっつめの「起こりうる心配の種に対して何かしら手が打てること」は、そのまま当てはまりそうにも思えます。でも、今の社会のダイナミックな変化を考えると、心配の種に対して手を打てると考えるのも傲慢なのかなあ、という気もします。もちろん、変化を思い描いて自分なりにできることに力を尽くすのですが、この営みの目的は、起こりうる不安の種を根絶することではなく、その瞬間その瞬間、のびのびと試行錯誤できる条件を整えておく、ということです。

ということで、「未来に対する不安をあんまり大きくしても仕方ないよなあ。」と感じました。まあ、だからといって、自分の心という舞台からすみやかに退場してもらうのは、それほど簡単ではないでしょうけれども。

(2) テクノロジーが可能にするかもしれない、欠点の少ない「想像上の秩序」

『サピエンス全史』は、サピエンスに必要不可欠な協力ネットワークの構築を支えているのが、「想像上の秩序」と「書記体系」だと指摘します。

と同時に、これらが、ネガティブな副産物をもたらしたことも指摘します。「想像上の秩序」はヒエラルキーや差別を生み出し、「書記体系」は人々の思考を自由連想や網羅的思考から分類と官僚制に変更しました。

当時のサピエンスが利用できたテクノロジーを前提とすれば、これらはやむを得ないかもしれません。強力な「想像上の秩序」はヒエラルキーによって支えられる必要があり、「書記体系」を機能させるためには分類と官僚制が必要不可欠だったように思います。

でも、今のテクノロジーを前提とすれば、必ずしもそうではないんじゃないか、と感じます。より中立で公正な「想像上の秩序」によって協力し、分類と官僚制だけではなく、自由連想や網羅的思考を活かした「書記体系」によって情報を保存・活用することも、できるんじゃないかと、ということです。

今のところ、私が可能性を感じているのはウェブやブロックチェーンなのですが、現時点では、これらが具体的にどのような形でより欠点の少ない「想像上の秩序」や「書記体系」を支えるのかに関するアイデアは持っていません。

今後、少しずつ考えていきたいなあ、と思っています。

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