「小さな作品」をたくさん積み重ねて、大きなメッセージを表現する
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ブログ, 単純作業に心を込める
「単純作業に心を込めて」の第1戒律は、「作品未満のものを出さない」です。
私は、自分のブログに記事を投稿するを、自分の「作品」だと考えています。
「作品」というと、大げさですし、恥ずかしくもなります。でも、それほど大したことではありません。
ここでいう「作品」とは、「問い」「答え」「理由」という3つを備えた文章のことです。
もう少し詳しく書くと、
- 毎日の生活の中で自分が抱えた興味や疑問を「問い」の形にして、
- その問いに対して暫定的な「答え」を提示し、
- その暫定的な答えに至った「理由」を示す、
という「問い」・「答え」・「理由」の3点セットを、自分以外の他者からも道筋をたどることが可能な日本語の文章で表現したものが、この「単純作業に心を込めて」に私が公開する「作品」です。
自分の好きなことへの没頭を、誰かに届くといいなと願って、「作品」として公開すること。これが、私がこの「単純作業に心を込めて」でやり続けていきたいことです。
●
ところで、今年の4月から、ブログメディア「アシタノレシピ」に連載する機会をいただきました。2週間に一本のペースで、「普通の個人が、ブログのある毎日を送り続ける、ということ」をテーマに、普段このブログをしながら考えていることをつらつらと書いています。
今朝の記事では、「ブログを長く続けるためのコツ」を書きました。
ブログを長く続けるためのコツ(普通の個人が、ブログのある毎日を送り続ける、ということ)
この記事で紹介したコツのひとつは、「ハードルを高くし過ぎない」です。新しい記事を投稿するときのハードルを高くしてしまうと新しい記事を書けなくなり、ブログを続けることが難しくなってしまうかもしれないから、新しい記事を投稿するときのハードルは高くし過ぎない方がよい、ということを書きました。
「ハードルを高くし過ぎない」。私はこれを、とても大切なコツだと思い、大切にしています。自分がここまでブログを続けることができたのは、ハードルを高くし過ぎることなくいられたからです。
でも、「ハードルを高くし過ぎない」には、微妙な問題もあります。それは、「出来が悪くてもいいから、とりあえず公開しちゃおうよ。」という声です。「ハードルを高くし過ぎない」は、下手をすると、問いをちゃんと設定することができていなかったり、問いに対する答えを出せずに逃げたり、理由を十分掘り下げずにごまかしたり、あるいは文章が読みにくかったり誤字が残っていたり、そんな状態のままで記事を公開することの言い訳になってしまいます。
ハードルを高くするあまり新しい記事を公開できないのはよくありません。かといって、「ハードルを高くし過ぎない」を、言い訳に、「作品」未満のものを公開するのもよくありません。
「ハードルを高くし過ぎない」と「作品未満のものは出さない」。両者をうまく両立するには、どうしたらよいでしょうか。
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ひとつの答えが、「作品」の大きさではないかと思っています。
「作品」には、大きさがあります。ここでいう大きさとは、長文か短文かという記事の長さのことだけではなく、それよりもむしろ、その「作品」が伝えようとするメッセージのサイズの問題です。
たとえば、「WorkFlowyを使えば、個人のための知的生産システムを構築できる」というメッセージはかなり大きなメッセージなので、このメッセージを伝えるための「作品」は、おそらく大きくなります。これに対して、「WorkFlowyを使えば、読書ノートを作ることができる」というメッセージは、もともとのメッセージの一部分なので、小さなサイズです。だから、より小さなサイズの「作品」でこれを伝えることができます。さらに、「WorkFlowyを使えば、Kindle本のYour Highlightを三色ボールペン方式で蓄積できる」というメッセージのサイズはもっと小さいので、より小さな「作品」でこれを表現できます。
ブログは、書けば書くほど、書きたいことがどんどん湧いてきます。そして、多くの場合、書きたいと感じるメッセージは、一般的な範囲を広くカバーする、大きくて強力なメッセージです。
こんな大きなメッセージを表現するために必要な「作品」は、かなり大きなサイズになります。一気に書くことができればそれで何も問題ないのですが、通常は、こんな大きなサイズの「作品」を公開しようとすると、とても大変で、ハードルが高くなります。ブログへの投稿まで、なかなかたどり着きません。
だから、メッセージのサイズを小さくします。最初に思い浮かんだメッセージの中のほんの一部分だけを取り出して、その部分だけを小さなサイズの「作品」で表現します。メッセージのサイズを小さくして、「作品」のサイズを小さくすれば、その分、「作品」を完成させることが簡単になります。つまり、ハードルが下がるのです。
これが、私が考える「ハードルを高くし過ぎない」と「作品未満のものは出さない」を両立する方法です。「作品」のサイズを小さくすることで、読み手のことを考えながらも、高くないハードルで、ブログ記事を公開することができるようになります。
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「小さな作品」が表現できるメッセージの範囲は、最初に思い浮かんだ大きなメッセージのうち、ほんの一部分です。では、大きなメッセージの残りの部分は、陽の光を浴びず埋没し、価値を生み出さないのでしょうか。
そんなことはありません。大きなメッセージの残りの部分からも、小さなメッセージを取り出して、ひとつずつ「小さな作品」を書き上げて公開すればよいからです。「小さな作品」を投稿するという低いハードルを超え続けることで、いずれは、最初に思いついた大きなメッセージの全体を表現できてしまうかもしれません。そして、大きなメッセージのほとんど全体を表現できたなら、そのときに改めて、大きなメッセージの全体を扱う、少し大きめサイズの「作品」を公開すればよいのです。
こんなことができるのは、自分のブログに、「ペースも数も自由」という強みがあるからです。自分のブログなら、「作品」を公開するペースや数に制限はありません。だから、ひとつひとつの「作品」は、小さなメッセージしか扱っていない「小さな作品」であっても、そんな「小さな作品」をたくさん積み重ねていくことで、総体として、大きなメッセージを表現することができます。
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「小さな作品」をたくさん積み重ねていくこと。
そうすれば、ブログ記事を投稿するハードルを高くし過ぎることを回避しながらも、ひとつひとつの記事を「作品」として公開でき、そして、いつかは自分が本当に伝えたい大きなメッセージを表現することができます。
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