「知的生産のフロー」の特徴から、知的生産を担う道具が備えるべき条件を考える
公開日:
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最終更新日:2016/05/05
知的生産
目次
1.知的生産は、フローである
『知的生産の技術』は、「知的生産」を、「既存の、あるいは新規の、さまざまな情報をもとにして、それに、それぞれの人間の知的情報処理能力を作用させて、そこにあたらしい情報をつくりだす作業」と定義します。
知的生産とは、知的情報の生産であるといった。既存の、あるいは新規の、さまざまな情報をもとにして、それに、それぞれの人間の知的情報処理能力を作用させて、そこにあたらしい情報をつくりだす作業なのである。
location 259
知的生産は、情報に関するフローです。
- もととなるさまざまな情報をインプットする。
- 知的情報処理能力を作用させ、情報を操作する。
- あたらしい情報をつくりだし、アウトプットする。
このインプット→操作→アウトプットというフローの中を情報が流れてこそ、知的生産になります。
2.「知的生産のフロー」には、どんな特徴があるか?
では、この「知的生産のフロー」には、どのような特徴があるでしょうか。「生産のフロー」という点で共通する「製品の生産のフロー」との比較を通じて、次の4つに分けて、「知的生産のフロー」の特徴を考えてみます。
- フロー全体の特徴
- インプット段階の特徴
- 操作段階の特徴
- アウトプット段階の特徴
(1) フロー全体の特徴
a.一方向に流れるフローではない
「製品の生産のフロー」は、通常、一方向に流れます。材料を投入し、個々の部品を作り、部品を組み立て、製品を完成させるまでのフローは、一方通行です。逆流はありません。
これに対して、「知的生産のフロー」は、必ずしも一方向に流れるわけではありません。ときに逆流します。「インプット段階は終わったので次は操作段階、操作段階は終わったので次はアウトプット段階、戻ることはない」というわけではなく、逆流がしょっちゅう生じます。知的生産には、試行錯誤が欠かせないためです。
もちろん、大きく見れば、インプット→操作→アウトプットという流れがあります。この意味で、フローであることはまちがいありません。しかし、逆流が存在します。一方通行ではありません。「知的生産のフロー」を組み立てるときは、この特徴をおさえておくべきです。
b.フローの形が固まっていない
「製品の生産フロー」の形は、通常、固まっています。まず原材料をこの機械に投入し、次にこの部品とあの部品を作り、最後にこの部品にあの部品を組み合わせる、というように、製品が完成するまでの流れ方が決まっています。
これに対して、「知的生産のフロー」の形は、固まっていません。常に変化し続けます。
変化の要因は、主に3つあります。
ひとつめは、先ほど指摘した「逆流」です。
ふたつめは、予想外の副産物です。たとえば、あるテーマで文章を書いていると、その文章のテーマから離れるため、その文章には盛り込まないほうがよいけれど、それ自体はとても興味深い考えを思いつくことが、ままあります。これが、予想外の副産物です。予想外の副産物が生まれることで、「知的生産のフロー」は変化します。
みっつめは、突然の合流です。たとえば、あるテーマで文章を書いているときに、以前にそのテーマとは全然関係のない問題意識で調べたり書いたりした情報との関連に気づき、その情報を取り込むことがあります。別のフローが、突然合流したわけです。この突然の合流も、「知的生産のフロー」をダイナミックに変化させます。
c.フローを管理しづらい
「製品の生産のフロー」は、通常、厳密に管理されています。いつ原材料を投入し、どの部品をどれくらいのペースで作り、どの製品を何個組み立てるのか、などが、具体的な数字で管理されています。
これに対して、「知的生産のフロー」を厳密に管理することは、なかなかできません。
ひとつは、個々の作業のために何が必要かを事前に見積もることがむずかしいためです。どれくらいの時間がかかるかを見積もることもむずかしいですし、どれだけの情報を集めれば十分なのかを見積もることも困難です。
もうひとつは、リードタイムが様々なためです。インプットした情報からあっというまに新しい情報が生み出されることもあれば、反対に、インプットからアウトプットまでにずいぶんと長い時が経過することもあります。
「知的生産のフロー」を管理することは、ほとんど不可能です。
(2) インプット段階の特徴
a.「原材料」の調達コストが低いが、何をどれだけ集めたらよいのか、最初からはわからない
「製品の生産のフロー」は、原材料の調達から始まります。原材料の調達コストは様々です。「製品の生産のフロー」では、原材料の調達コストを踏まえて、どの材料をどのタイミングでどこから調達するかを決めています。
原材料の調達は、「知的生産のフロー」では、インプット段階に相当します。知的生産のもととなる情報が「原材料」です。
この「原材料」たる情報は、2つに区別できます。ひとつは、自分以外の誰かが集め、整理した情報で、もうひとつは自分自身の体験によって得た情報です。
前者の、自分以外の誰かが集め、整理した情報は、この高度情報社会にあっては、必ずしも希少資源ではありません。本やウェブから、処理しきれないほどの情報を受け取ることができます。
これに対して、後者の自分自身の体験によって得た情報は、自分以外のどこかべつのところに整理されているわけではないので、自分で集めなければいけません。とはいえ、毎日を普通に生きていれば、いろんな着想が頭に浮かび、いろんなことを経験しますので、こちらも希少資源というわけではありません。
概して、「知的生産のフロー」の「原材料」調達コストは低いと言ってよいでしょう。
だからといって、「知的生産のフロー」の「原材料」調達は、簡単ではありません。なぜなら、何が必要な「原材料」なのか、何が重要な「原材料」なのかが、最初からはまったくわからないためです。そのため、必要最小限だけの「原材料」だけを計画的に調達する、ということは、不可能です。
b.「原材料」や「仕掛品」は、保管コストは高くないが、増えすぎるとじゃまになる
「製品の生産のフロー」では、原材料や仕掛品の在庫レベルを適切に管理することが大切だ、とされます。原材料を調達したり仕掛品を作ったりするにはお金がかかるところ、これらが在庫にとどまっていては、売上が立ちませんので、キャッシュフローを圧迫します。また、原材料や仕掛品の在庫が増えると、保管コストもかさみます。
では、「知的生産のフロー」では、どうでしょうか。知的生産のもととなる情報が「原材料」にあたり、情報を操作してある程度まとまった筋へと組み立てた文章の断片やアウトラインなどが「仕掛品」にあたりますが、これらの在庫レベルは、どのような方針で考えるべきでしょうか。
知的生産における「原材料」や「仕掛品」の保管コストは、デジタル情報なら、空間を必要としないため、ほとんど問題になりません。デジタル情報ではない場合でも、書籍やノートやファイルなどはそれなりの空間を必要としますが、それほど広大な空間を求めるわけではない上に、空間さえあれば保管はできますので、保管コストはそれほど高くありません。
他方で、保管コストが高くないからといって、かたっぱしから情報を集めると、多すぎる情報がかえって知的生産を妨げることもあるかもしれません。
(3) 操作段階の特徴
a.定まった「設計図」や「組立手順書」はないが、操作のパターンはある
「製品の生産のフロー」には、通常、定まった設計図や組立手順書が用意されています。
しかし、「知的生産のフロー」に、設計図や組立手順書はありません。「知的生産のフロー」の操作段階で行われるのは、「人間の知的情報処理能力を作用させ」ることなのですが、この知的情報処理能力の作用の仕方は、千差万別で、ブラックボックスのようなものです。工業的な製品の生産よりは、畑で作物を育てたり、海で魚を養殖することに近いような気もします。
他方で、「知的情報処理能力の作用」には、ぼんやりとしたパターンのようなものがあります。演繹や帰納といった論理関係、様々な学問で確立されたモデルの適用などが、これにあたります。『マンダラートの技法』で紹介されていた「[条件づくり]と[手順組み]」なども、この一例です。
b.別の知的生産のフローの一部をそのまま流用できることが多い
「製品の生産のフロー」は、最終成果物である製品から逆算して、必要な部品を必要なだけ用意します。このような計画的に制御されたフローなので、そのフローの外で作った無関係の部品を、その場の思いつきでそのまま流用する、ということは、予定されていません。
これに対して、「知的生産のフロー」は、最終成果物であるあたらしい情報をつくりだすために、どんな「原材料」や「仕掛品」がどれほど必要になるのかが、全然わかりません。計画的に制御できない、ということでもありますが、逆に、別のフローのために用意した「原材料」や「仕掛品」を、そのフローに流用しやすい、という面もあります。
この別フローへの流用には、A社向けの報告書をB社向け報告書に流用するように、別だけれど似ている知的生産に流用する場合もありますが、それ以上に、小説の読書感想文のフローを大学の講義のフローに流用するなど、一見、全然関係のないフローへの流用する場合も多いです。
(4) アウトプットの特徴
a.価値を見出されたときに、価値を発揮する
「製品の生産のフロー」では、そのフローから生み出される製品がどんな価値を持つものなのかが、あらかじめある程度わかります。マグカップという製品を作るフローなら、そのフローから生み出されるマグカップが誰にとってどんな価値を持つものかが、ある程度わかる、ということです。
これに対して、「知的生産のフロー」は、そのフローから生み出される情報がどんな価値を持つのか、よくわかりません。そもそもどんな情報が生み出されるのかも曖昧ですし、生み出された情報がどこの誰にとってどんな価値を持つ情報なのかを予測することも困難です。
『知的生産の技術』は、知的生産を積極的な社会参加だといいます。知的生産とは、社会に新しい情報を提供することなので、一理あります。しかし、その社会参加がどんな価値を持つのかは、「知的生産のフロー」の最後まで情報を通した先でしか、明らかになりません。
この言葉は、とりわけ、情報に妥当します。
「知的生産のフロー」から生み出される情報は、誰かに価値を見出されたときに、価値を発揮します。いわば、「知的生産のフロー」は、新しく作りだした情報を、その情報に価値を見出す人の元へと届けてはじめて、完結します。
b.ウェブに乗せれば、全世界へ広がるチャンスを得るが、チャンスだけ
「製品の生産のフロー」から生み出される製品は、物理的な質量を持つ物体です。製品を流通させるには、その製品を物流システムに乗せる必要があります。トラックや列車や船や航空機で、物理的な空間の中を、物理的に運ばなければいけません。また、ひとつの製品が存在できる場所はひとつだけです。
これに対して、「知的生産のフロー」から生み出される情報は、物理的な質量を持っていません。通信に乗せてしまえば、一瞬で全世界を移動します。また、ひとつの情報が同時に多数の場所で存在することができます。
現代社会には、ウェブという全世界レベルの情報流通システムがありますの。ウェブに乗せさえすれば、情報は、あっという間に全世界へと流通するチャンスを獲得します。
他方で、ウェブという情報流通システムは、チャンスをくれるだけです。必ず流通するわけではありません。いくらウェブに情報を公開しても、誰からもアクセスされなければ、すこしも広がりません。誰にも見出されない情報は存在しないのと変わらない、という一面が、ウェブという情報流通システムには、あります。
「知的生産のフロー」のアウトプット段階としてウェブを想定するのであれば、これらの特徴を踏まえておく必要があります。
3.知的生産を担う道具が備えるべき条件
このように、「知的生産のフロー」には、いくつかの特徴があります。
ところで、知的生産には、道具が欠かせません。頭を動かすことが知的生産の中心ではあるものの、頭の中だけで知的生産を完結させるのはほとんど不可能です。紙とペンやパソコンなどの道具が、知的生産では大きな役割を果たします。
知的生産はフローであり、「知的生産のフロー」に上で整理したような特徴があることからすれば、知的生産を担う道具も、この特徴をうまく活かしたものであるほうが望ましいはずです。そこで、「知的生産のフロー」の特徴に沿って、知的生産を担う道具が備えるべき条件を考えてみます。
(1) フロー全体の特徴からみる、知的生産の道具が備えるべき条件
a.一方向に流れるフローではない
「知的生産のフロー」は、一方向に流れるフローではありません。「知的生産のフロー」には、試行錯誤に伴う逆流があります。
文章を書く場面でいえば、ある日には前日に書いた部分すべてが無駄だったと考えてばっさり削除し、その翌日にはその削除した部分の一部がやっぱり必要だったことに気づいて元に戻し、そのまた翌日にはそもそも最初に考えた全体構成を組みかえたくなり、という感じです。
知的生産のフローは、行きつ戻りつ試行錯誤をくり返し、少しずつ進むフローです。
そこで、知的生産を担う道具には、次の3つの機能が求められます。
ひとつめは、『「超」整理法2 捨てる技術』が提唱する「子ファイル」方式のごみ箱のような機能です。
もし、「ごみ箱ファイル」を元のファイルに付属する「子ファイル」として作成でき、元のファイルを開くと「ごみ箱ファイル」も自動的に開かれるようになっていると、こうした問題に対処できる。つまり必要なのは、何でも投げ込める一般用のごみ箱ではなく、特定のものだけを入れる「分別ごみ箱」である。 このようなケースにかぎらず、複数のファイルを連携して扱える仕組み(エクセルにおける「ブック」のようなもの)があると、非常に便利に使えると思う。このようなファイル管理ができるワープロ(あるいはエディタ)が作れないものだろうか?
『「超」整理法2 捨てる技術』location 1745
ふたつめは、構造を組みかえる機能です。大きな構造であっても小さな構造であっても、簡単に、確実に、気楽に、構造を組みかえることができる機能が望まれます。
この機能によって、『アウトライン・プロセッシング入門』のいう「シェイク」が可能になります。
実践的なアウトライン・プロセッシングは、トップダウンとボトムアップを相互に行き来する形で行われます。トップダウンでの成果とボトムアップでの成果を相互にフィードバックすることで、ランダムに浮かんでくるアイデアや思考の断片を全体の中に位置づけ、統合していきます。 私はこのプロセスを「シェイク」と呼んでいます。行ったり来たりしながら「揺さぶる」からです。
『アウトライン・プロセッシング入門』 location 383
みっつめは、作業ログを残す機能です。逆流してやり直すには、当初の自分が何を考えてその作業に取り組んだのかの作業ログが助けになります。
『数学文章作法 推敲編』も、作業ログを書くことを推奨します。
作業ログの大きな目的は過去の経験を現在に生かし,現在の経験を未来に生かすことです.
『数学文章作法 推敲編』 location 1691
b.フローの形が固まっていない
「知的生産のフロー」は、フローの形が固まっていません。フローの形が変化する要因は、予想外の副産物と突然の合流です。
予想外の副産物とは、ある知的生産を目的とするフローから、別の知的生産のフローの材料や仕掛品や完成品が生まれる現象です。
知的生産において、予想外の副産物は、ごく普通のことです。予想外の副産物を活用するために必要なことは、自然と生まれたたくさんの副産物を、その場でさくっと捕まえるだけです。
知的生産を担う道具は、本筋の知的生産のフローを邪魔することなく、予想外の副産物をさくっと捕まえるための道具であることが期待されます。
突然の合流とは、全然別の知的生産のフローの一部が、突然、今の知的生産のフローに合流するという現象です。
ある知的生産に取り組んでいるときに、「全然別のあの知的生産のフローと合流しそうだ」と感じることは、わりとよくあることです。でも、合流を実現するには、ふと思いついた別の知的生産のフローを発掘しなければいけません。
知的生産を担う道具は、ふと思いついた全然別の知的生産のフローを、深いところから表面へと掘り出すことを助けてくれる道具であることが期待されます。
c.フローを管理しづらい
「知的生産のフロー」は、計画的に管理することができません。
まず、事前の見積が困難です。時間の見積りもむずかしいですし、どれだけの情報を集めればよいかという必要な材料の見積りも簡単ではありません。現時点でどこまで進行しているかが、目で見るだけではよくわからないことも多いです。
そこで、知的生産を担う道具が進行状況を可視化してくれると、大いに助けとなります。
それから、「知的生産のフロー」は、リードタイムが様々です。あっという間にあたらしい情報を生み出せることもありますが、年単位の時間を経てようやく生まれる情報もあります。
そこで、知的生産を担う道具は、5年、10年と継続して使い続けるものであることが望まれます。この点で、特定のウェブサービスやアプリケーションに依存するデータ形式は危険です。
(2) インプット段階の特徴からみる、知的生産の道具が備えるべき条件
a.「原材料」の調達コストが低いが、何をどれだけ集めたらよいのか、最初からはわからない
「知的生産のフロー」は、さまざまな情報のインプットから始まります。この情報には、書籍などのように、自分以外の誰かが集めて整理した情報と、自分自身の体験によって得た情報があります。
自分以外の誰かが集めて整理した情報を集める場合は、情報に対する主観的な軸を意識することが大切です。自分以外の誰かが集めて整理した情報は膨大なので、そのすべてを個人が扱うことはできません。どんな主観的な軸で情報を集めるのかを意識しないと、情報に翻弄されます。
そのため、知的生産を担う道具は、自分の外からインプットした情報について、その情報に対する主観的な軸を意味づけできる機能を持っていると便利です。
次に、頭に浮かんだ着想や自分の経験から得た情報などは、日常生活の中で、ほぼ無尽蔵に流れつづけています。でも、その流れは、流れてしまったらそれっきりなので、その場で捕らえなければ、情報は流れ去り、戻ってきません。かといって、無尽蔵に流れ続けているため、すべてを捕らえようとすれば、着想のメモや日記だけで一日が終わります。
そこで、知的生産を担う道具は、自分の中に、捕まえたいと感じる情報が流れてきたときに、手間暇をかけず、その場でさっと捕まえることを支援してくれることが望まれます。
b.「原材料」や「仕掛品」は、保管コストは高くないが、増えすぎるとじゃまになる
「知的生産のフロー」では、「原材料」や「仕掛品」の保管コストは高くありません。デジタル情報ならスペースは不要ですし、紙に印刷された情報の代表である書籍も、コンパクトなサイズに濃密な情報が圧縮されています。
しかし、情報をインプットするのは、その情報を「知的生産のフロー」に流し、あたらしい情報を作りだすためです。そして、問題は、保管する情報が増えすぎると、場合によっては、増えすぎた情報が、情報の操作やアウトプットを邪魔することがある、ということです。
そこで、知的生産を担う道具は、量・質ともに豊富な情報を取り込んで保管することと(ここが足りないと、知的生産のフローは流れません)、そうして保管した情報があたらしい情報の生産を邪魔しないこととを、両立しなければいけません。
一番簡単なのは、そのときに使いたい情報以外が目に入らないようにすることです。情報を保管する場所と情報を操作する場所とを区別することが、解決策のひとつになります。
ただ、「知的生産のフロー」では、全然関係ないと思っていたフローが突然合流することがあります。この突然の合流を促すには、その知的生産とは直接関係しないように思われる情報も、ある程度目に入るほうがよいのかもしれません。この意味で、どこまでの情報を視野に入れて情報を操作するか、という視点の広さ・高さを柔軟に切り替えることも、知的生産を担う道具に求められる機能です。
(3) 操作段階の特徴からみる、知的生産の道具が備えるべき条件
a.定まった「設計図」や「組立手順書」はないが、操作のパターンはある
(a) 試行錯誤を促す道具
「知的生産のフロー」には、定まった「設計図」や「組立手順書」がありません。試行錯誤をくり返し、何度もやり直しや組み替えを重ねるのが、「知的生産のフロー」の特徴です。
一般に、試行錯誤ややり直しは面倒で、心理的に気が重いものです。同じ過程で足踏みしているような感覚を覚えることもあります。でも、試行錯誤は必要不可欠です。ですから、試行錯誤を促すための工夫が求められます。
これは、知的生産を担う道具の役割です。「試行錯誤ややり直しをすることが、気が重くないこと」。知的生産を担う道具が備えるべき条件のなかで、もっとも重要なのは、これかもしれません。
具体的には、以下のようなことです。
- 簡単な操作で情報を組み替えることができる。
- 操作に失敗しても、データ破損など、致命的なことにならない。
- 少し前の段階に戻ることができる。一旦戻って、またやり直すこともできる。
- 何を思ってその作業をしたのかのログを残すことができる。
(b) モデル活用を促す道具
「知的生産のフロー」には、定まった「設計図」や「組立手順書」はありません。しかし、まっしろなところにすべて自分で組み立てなくてはいけないわけでもありません。この世の中には、すでにたくさんの優れた知的生産が存在しますので、それら先人の優れた知的生産のモデルを活用することができます。
モデルの活用とは、抽象的には、先人の優れた知的生産がベースにする構造や枠組みを拝借することです。このためには、最初に、真似をする知的生産がベースにする構造や枠組みを抽出し、次に、その構造や枠組みに、自分自身の知的生産をあてはめる、という手順を踏みます。
この手順は、わりと技術的なものなので、道具に助けてもらうことができます。そこで、知的生産を担う道具は、この手順を進める上で役に立つ機能を備えていることが望まれます。
b.別の知的生産のフローの一部をそのまま流用できることが多い
「知的生産のフロー」は、別の知的生産のフローの一部を、そのまま流用できることが多いのでした。
ここで私は、「「知的生産のフロー」は、別の知的生産のフローの一部を、そのまま流用できることが多い」と書きました。別の知的生産の「成果物」をそのまま流用するのではなく、別の知的生産の「フロー」を流用するのです。この点が、いちばん大切なポイントです。
流用対象は、「フロー」です。どんな情報をどこから取り込み、その情報をどのように操作して、最終的にどんな情報を作り出したのか、というフローが、その後の知的生産のフローを助けます。
したがって、知的生産を担う道具は、「フロー」の流用を助けるものであることが望まれます。
では、「フロー」の流用のためには、何が必要なのでしょうか。蓄積と流用に分けて、知的生産を担う道具が備えるべき条件を考えます。
(a) 蓄積
別の知的生産のフローの一部を流用するためには、そのフローを蓄積していなければいけません。蓄積していないものを流用することはできないからです。そこで、知的生産を担う道具は、自分が行ったすべての「知的生産のフロー」を蓄積するための機能を備えている必要があります。
いちばん大切なのは、「フロー」を流用することでした。そこで、蓄積の場面でも、「知的生産のフロー」全体を蓄積する必要があって、知的生産によって生み出された成果物だけを蓄積するのでは足りない、ということになります。フローをまるごと蓄積できることが、知的生産を担う道具が備えるべき条件です。
もうひとつ留意すべきは、蓄積する期間です。私の感覚では、知的生産とは、一時のことではなく、年単位の長いスパンで取り組む活動です。であれば、蓄積する期間は、数週間や数ヶ月ではなく、1年、5年、10年といった年単位でなければいけません。
したがって、知的生産を担う道具に求められる条件は、年単位で知的生産のフロー全体を蓄積し続けることができる、ということです。
(b) 流用
知的生産を担う道具が年単位ですべての知的生産のフロー全体を蓄積してくれたとして、その蓄積を実際に流用するには、どうしたらよいでしょうか。
まず、流用するためには、フローの蓄積にアクセスしなければいけません。それも、流用したいと思ったときに、すぐに、アクセスできる必要があります。流用したいと思うタイミングは、ある知的生産のために情報を操作しているときです。ある知的生産に取り組んでいるときに、別の知的生産のフローにアクセスする必要があるわけです。
そこで、知的生産を担う道具は、どんな知的生産に取り組んでいるときにでも、それ以外のすべての知的生産のフローの蓄積へ、すぐにアクセスできる、という条件を備えることが望まれます。
次に、流用するためには、別の知的生産のフローの一部を、今の知的生産のフローへと合流させる必要があります。このためには、情報を簡単に移動できることが大切です。
しかし、別の知的生産のフローからその一部を抜き取って今の知的生産のフローへ移動させてしまうと、もともとの別の知的生産のフローが欠けてしまいます。そこで、知的生産を担う道具は、別の知的生産のフローの一部を複製できることも望まれます。
(4) アウトプットの特徴からみる、知的生産の道具が備えるべき条件
a.価値を見出されたときに、価値を発揮する
「知的生産のフロー」から生み出された情報は、誰かに価値を見出されたとき、はじめて価値を発揮します。「知的生産のフロー」は、そこから生み出された情報に価値を見い出す誰かにその情報を届けたときに、はじめて完結します。
ということは、知的生産を担う道具は、「知的生産のフロー」の最終段階である、新しく生み出した情報を、その情報に価値を見出す誰かの元へと届ける、という段階までをカバーすることが望まれます。
このために大切なのは、誰もが理解しやすい情報の形式で情報を表現する、ということです。具体的には、自分の考えに文章という形を与えることが大切です。
情報は、いろんな形式で存在しえます。マインドマップやマンダラートだって、立派な情報の存在形式です。
しかし、マインドマップやマンダラートのままでは、それを作った自分にはよくわかっても、自分以外の誰かにその情報を届けることは、必ずしもうまくいきません。誰かに情報を届けたいと思うのなら、自分が生み出した情報に、文章という形を与えることがとても大切です。
そこで、知的生産を担う道具は、文章を書くための道具、もっといえば、自分以外の誰かに読んでいただくことを前提とする文章を書くための道具であることが望まれます。
b.一度生まれた情報が広がるためのコストはとても低い
「知的生産のフロー」から生み出される情報は、ウェブという情報流通システムに乗せさえすれば、全世界へ広がりうるチャンスを得ます。でも、これはただのチャンスです。チャンスが実現するとは限りません。
ここからすると、知的生産を担う道具は、第1に、新しく作りだした情報をウェブに乗せるための機能を備えていることが望まれます。また、第2に、継続的な情報発信を支えてくれることが望まれます。
4.まとめ
知的生産は、フローである。
「知的生産のフロー」には、以下の特徴がある。
- (1) フロー全体の特徴
- a.一方向に流れるフローではない
- b.フローの形が固まっていない
- c.フローを管理しづらい
- (2) インプット段階の特徴
- a.「原材料」の調達コストが低いが、何をどれだけ集めたらよいのか、最初からはわからない
- b.「原材料」や「仕掛品」は、保管コストは高くないが、増えすぎるとじゃまになる
- (3) 操作段階の特徴
- a.定まった「設計図」や「組立手順書」はないが、操作のパターンはある
- b.別の知的生産のフローの一部をそのまま流用できることが多い
- (4) アウトプットの特徴
- a.価値を見出されたときに、価値を発揮する
- b.ウェブに乗せれば、全世界へ広がるチャンスを得るが、チャンスだけ
したがって、知的生産を担う道具は、以下の条件を備えていることが望まれる。
- 試行錯誤ややり直しを助けてくれる
- 構造を組み替える機能
- 「子ファイル」形式のごみ箱
- 作業ログを残す機能
- 今の知的生産のフローに集中するため、今のフローと関係ない情報を見えないようにしてくれる
- 別の知的生産のフローを今の知的生産のフローに流用できる
- これまでのすべての知的生産のフロー全体を蓄積し続けている
- 別の知的生産のフローにすぐにアクセスできる
- 予想外の副産物を、さくっと捉えることができる
- 継続的に文章を書き続けることを支えてくれる
お知らせ
このエントリは、その後、加筆修正などを経て、書籍『クラウド時代の思考ツールWorkFlowy入門』の一部分となりました。
書籍『クラウド時代の思考ツールWorkFlowy入門』の詳細目次と元エントリは、次のとおりです。
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