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『ねじまき鳥クロニクル』→『国境の南、太陽の西』文章作成術

公開日: : 書き方・考え方

目次

1.『国境の南、太陽の西』は、『ねじまき鳥クロニクル』から生まれた

(1) 『村上春樹全作品1990~2000(2) 国境の南、太陽の西 スプートニクの恋人』の「解題」

『ねじまき鳥クロニクル』という小説があります。村上春樹の長編小説です。

『国境の南、太陽の西』という小説があります。村上春樹の中編小説です。

私はこのどちらの小説も大好きで、特に『国境の南、太陽の西』は、わざわざこれを収録した全集を買うほど、愛読しています。『村上春樹全作品1990~2000(2) 国境の南、太陽の西 スプートニクの恋人』です。

この全集には、村上春樹自身による「解題」が収録されています。はじめてこれを読んだとき、私はすごく驚きました。というのも、『国境の南、太陽の西』は、『ねじまき鳥クロニクル』の一部から生まれた、というのです。

この小説(注:『国境の南、太陽の西』のこと。)の核になる部分はもともと『ねじまき鳥クロニクル』という長い長編小説の一部として組み込まれていた。つまり長編小説というシステムの一部として機能していたものである。それをメスを使って外科手術をするみたいに切除して抜き出し、もとの長編小説とは関係なく独自に発展させ、新たな小説として完成させたわけだ。僕の作品歴の中でも、こんな変則的でユニークな書き方をした作品はほかにない。

(p.480)

一体何が起きたのだろうと、私は「解題」を読み進めました。

(2) 『国境の南、太陽の西』が『ねじまき鳥クロニクル』から生まれたプロセス

村上春樹自身、変則的でユニークな書き方と述べるこのプロセスは、どんなものだったのでしょうか。「解題」からの引用を続けます。

村上春樹は、『ねじまき鳥クロニクル』を、最初から「野心的な小説」として構想していました。しかし、かなり規模の大きな野心的小説だったためか、簡単にはしっくり出来上がりになりません。

この小説のタイトルは最初から『ねじまき鳥クロニクル』と決まっていた。そしてそれはかなり規模の大きな、野心的な小説になる予定だった。その小説の原型(現行の小説の第一部と第二部)はおおよそ一年あまりで集中的に書き上げられたわけだが、その出来上がりについて僕としてはなにかしらしっくりとこないというか、いくぶん納得のいかないところがあった。小説としての機動力や、物語の立ち上がり感、手応えは確実にそこにあるのだけれど、すべての要素が必ずしも有機的に結びついてはいないのではないかという漠然とした印象があった。つまりうまく交通整理をし、手を加えれば更にまとまりのある力強い作品になるのではないかということだ。

(p.481-482)

更にまとまりのある力強い作品にするためには、どうしたらよいのだろうか。このことを考えたい村上春樹は、奥様に意見を求めます。その結果、『ねじまき鳥クロニクル』の物語のテーマをはっきりさせるために、その時点での『ねじまき鳥クロニクル』に含まれる3つの章を除去することになってしまいました。

それでだいたいいつものように、同居している配偶者(要するに妻だ)に読ませて感想を聞いてみたところ、「面白いことは面白いのだけど、ひとつの本にするには多くの要素が盛り込まれすぎているのではないか。そのおかげで物語のメインラインが乱される傾向がある。もう少しすっきりさせた方がいい」という趣旨の感想が返ってきた。もちろん批判されればこちらも頭に来るけれど、そう言われればたしかにそういうところもあるかもしれない。それから二人で何度も作品を読み返し、具体的方策について長い時間をかけ、額をつきあわせてディスカスした結果、流れをスムーズにして物語のテーマをはっきりさせるためには、三つばかりの章はあきらめて除去した方がいいだろうという結論に達した。その中には冒頭の一章(もちろん作品にとってとても大事な部分だ)も含まれていた。

(p.482)

この3つの章には、冒頭の一章も含まれていました。冒頭の一章は、もちろん作品にとってとても大事な部分です。そんな部分をごそっと除去してしまうと、そのあとの調整は大変です。村上春樹は、頭を抱えてしまいます。

そんな状態の村上春樹を見て、奥様はひとつのアドバイスをします。切り取った部分を使って、別の小説を書いてみればよいのではないか、というのです。

僕のそんな状態を見て(あるいは見かねて)、妻は「じゃあ、とりあえず『ねじまき鳥クロニクル』の方はしばらくわきに置いておいて、その切り取った部分を使って、今あるものとはまったく別の小説を書いてみればいいじゃない」とアドバイスしてくれた。その三つの章は話自体として引かれるところがあるから、それをうまくつかえば違った内容の興味深い小説がひとつできるんじゃないかとい気がするから、と彼女は言った。

(p.483)

村上春樹は、当初は、「小説を書くってのは鯛焼きを焼くのとは違うんだ」と感じました。しかし、考え直して、そのアドバイスに従います。『ねじまき鳥クロニクル』の執筆を仕切りなおすためにも、いったん新しい部分を書くことは、意味があるのではないか、と感じたためです。

そう言われたときには正直なところ、「ひとごとだと思って、まったく気楽なことが言えるもんだよな」と思った。小説を書くってのは鯛焼きを焼くのとは違うんだ。そんなに簡単に物事が運ぶわけがないんだよと。しかし数日後にその三つの章をあらためて読み返してみて、「たしかにここからひとつの小説が(たぶん興味深い中編小説のようなものが)生まれる可能性はあるな」と僕も感じることになった。少なくとも問題を抱えた『ねじまき鳥クロニクル』の執筆をいったん仕切直すためにも、集中してこの新しい物語を書いてみる価値はあるんじゃないかと思ったわけだ。そちらを書いているあいだにうまく頭を冷やし、回路を切り替えて、また新たな熱意をもって『ねじまき鳥クロニクル』の改訂執筆にとりかかればいいじゃないかと。

そして僕は一息ついてから新しい小説の執筆にとりかかった。

(p.483-484)

こうして、村上春樹は、もともとの『ねじまき鳥クロニクル』から切除された3つの章を使って、新しい小説を執筆しました。こうして完成した新しい小説が、『国境の南、太陽の西』です。

「解題」にはそれ以上の記載はありません。でも、『国境の南、太陽の西』となった部分を切除した『ねじまき鳥クロニクル』が、その後、めでたく、規模の大きなすばらしい小説として完成したのは、周知の事実です。

2.なぜ、『ねじまき鳥クロニクル』と『国境の南、太陽の西』は、両方がすばらしい小説として完成したのか?

(1) 変則的なプロセスにもかかわらず、両方が、すばらしい小説として完成した要因

「解題」を読めば、『ねじまき鳥クロニクル』から『国境の南、太陽の西』が生まれたプロセスは明らかです。すーっと頭に入ってきます。

でも、私は、このプロセスを読んで、ちょっとした疑問を抱きました。

『ねじまき鳥クロニクル』は、重要な一部分を切除した残り部分をまとめた小説です。『国境の南、太陽の西』は、もともとは別の小説の一部として機能していた一部分を核にして育てた小説です。両者の関係と、両者が生み出されたプロセスは、変則的でユニークです。

にもかかわらず、『ねじまき鳥クロニクル』と『国境の南、太陽の西』は、どちらもすばらしい小説です。少なくとも、私は大好きです。

こんな変則的でユニークな書き方を経たにもかかわらず、なぜ、『ねじまき鳥クロニクル』と『国境の南、太陽の西』は、その両方が、すばらしい小説として完成したのでしょうか。重要な一部分を切り取ってしまった『ねじまき鳥クロニクル』も、もともとは別の小説の一部に過ぎなかった『国境の南、太陽の西』も、どちらもが失敗作にならないで、すばらしい小説として完成したことには、どんな要因があったのでしょうか。

(2) 4つのポイント

村上春樹の才能と丁寧な作業が重要な要因だ、というのは、たぶん正しい答えです。村上春樹という超一流の小説家だからこそ、この変則的なプロセスから、2つのすばらしい小説を生み出せたのでしょう。

が、しかし、村上春樹の属人的な要素がすべて、では、それ以上思考が進みません。村上春樹の才能とか能力とかには関係のない、もう少し普遍的な要因はないのでしょうか。

この観点から、『ねじまき鳥クロニクル』と『国境の南、太陽の西』が完成したプロセスを見直すと、村上春樹が『ねじまき鳥クロニクル』から『国境の南、太陽の西』を生み出したプロセスには、次の4つのポイントが存在します。

  • ポイント1:村上春樹は、規模の大きな、野心的な小説として、『ねじまき鳥クロニクル』を構想した
  • ポイント2:『ねじまき鳥クロニクル』にまとまりがつかなくなって困った村上春樹は、テーマをはっきりさせるためにいくつかのまとまりを切除して、『ねじまき鳥クロニクル』に盛り込む要素を減らした
  • ポイント3:村上春樹は、『ねじまき鳥クロニクル』から切除した部分を核にして、新しい小説『国境の南、太陽の西』を育てた
  • ポイント4:村上春樹は、切除して身軽になった『ねじまき鳥クロニクル』にまとまりをつけて、小説として完成させた

順に説明します。

a.ポイント1:村上春樹は、規模の大きな、野心的な小説として、『ねじまき鳥クロニクル』を構想した

村上春樹は、『ねじまき鳥クロニクル』を、規模の大きな野心的な小説として構想していました。これが、ひとつめのポイントです。

規模の大きな野心的な小説として構想すると、その小説に盛り込む要素がたくさんになります。登場人物、エピソード、物語、テーマなどの数や大きさや深みが、どんどん大きくなります。

盛り込む要素が大きくてたくさんになると、その全部をひとつの小説としてまとめるのは、大変になります。実際、村上春樹をしても、当初構想した『ねじまき鳥クロニクル』にまとまりをつけることは、困難な作業でした。

でも、結果から見れば、たとえ当初の構想のとおりに『ねじまき鳥クロニクル』にまとまりがつかなかったとしても、村上春樹が、当初、規模の大きな野心的な小説として『ねじまき鳥クロニクル』を構想したことには、意味がありました。

規模の大きな野心的な小説として構想したからこそ、最初の『ねじまき鳥クロニクル』に、小説2つ分を生み出せるほどの要素が集まってきた、といえるからです。

村上春樹が抱いた、当初の、規模の大きな野心的な小説としての構想は、ある意味、うまくいきませんでした。最初の構想で生まれた要素は、ひとつの小説にはまとまりませんでした。

でも、村上春樹の当初の構想は、ある意味、想定以上にうまくいきました。ひとつの野心的な小説を構想したことで、ひとつの野心的な小説に加えて、もうひとつのすばらしい小説が生まれたからです。

そんなわけで、村上春樹が、当初、『ねじまき鳥クロニクル』を、規模の大きな野心的な小説として構想していたいことが、1つめのポイントです。

b.ポイント2:『ねじまき鳥クロニクル』にまとまりがつかなくなって困った村上春樹は、テーマをはっきりさせるためにいくつかのまとまりを切除して、『ねじまき鳥クロニクル』に盛り込む要素を減らした

村上春樹は、『ねじまき鳥クロニクル』にまとまりをつけることに苦労しました。『ねじまき鳥クロニクル』はもっとよくなるはずなのに、力を発揮していない、と感じました。この原因が、扱う要素が多すぎるために、テーマがぼやけていることにあると考えた村上春樹は、テーマをはっきりさせるため、盛り込む要素を減らしました。いくつかの部分を切除したわけです。

そのときに村上春樹が切除したのは、当初の『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭の1章を含む3章でした。冒頭の1章は、とても大事な部分でしたが、テーマをはっきりさせるためには切除しなければいけませんでしたので、切除しました。

これが2つめのポイントです。

文章の力は、扱う要素の数の多さで決まるわけではありません。ときには、テーマに沿わない要素を切除することで、文章が力強さを発揮することがあります。

また、仮に重要な部分であっても、テーマをはっきりさせるために切除する必要があれば、切除を断行しなければいけません。切除するかどうかを決める基準は、テーマをはっきりさせるために役立つかどうかであって、切除される部分の重要度ではありません。

c.ポイント3:村上春樹は、『ねじまき鳥クロニクル』から切除した部分を核にして、新しい小説『国境の南、太陽の西』を育てた

次のポイントは、村上春樹が『ねじまき鳥クロニクル』と『国境の南、太陽の西』に取り組んだ順番です。

村上春樹は、『ねじまき鳥クロニクル』を完成させる前に、先に『国境の南、太陽の西』を完成させました。つまり、

  • (1) もともとの『ねじまき鳥クロニクル』から、テーマに沿わない部分を切除する
  • (2) 『ねじまき鳥クロニクル』から一旦離れて、切除部分を核にして、『国境の南、太陽の西』を完成させる
  • (3) 『ねじまき鳥クロニクル』を完成させる

という順番です。

この順番は、結果としてそうなっただけ、なのかもしれません。しかし、この順番には、

  • 『ねじまき鳥クロニクル』から一旦離れることで、煮詰まった頭を切り換える
  • 『国境の南、太陽の西』を完成させることで、とりあえずひとつの小説を完成させたという余裕を得ることができる
  • 『国境の南、太陽の西』のテーマは『ねじまき鳥クロニクル』のテーマと何らかの関連を持っているので、その『国境の南、太陽の西』に取り組むことで、『ねじまき鳥クロニクル』に対して、自分を調整することができる

という3つの点で、合理的だと感じます。

d.ポイント4:村上春樹は、切除して身軽になった『ねじまき鳥クロニクル』にまとまりをつけて、小説として完成させた

村上春樹は、最終的に、『ねじまき鳥クロニクル』を完成させました。

『ねじまき鳥クロニクル』をどのように完成させたのかは、「解題」には記載がありません。しかし、当初の『ねじまき鳥クロニクル』から『国境の南、太陽の西』になった部分を切除したことと、いったん『ねじまき鳥クロニクル』から離れて『国境の南、太陽の西』を完成させたことは、『ねじまき鳥クロニクル』がまとまった小説として完成したことの、大きな理由なのではないかと思います。

3.『ねじまき鳥クロニクル』→『国境の南、太陽の西』文章作成術

さて、ここまで、『ねじまき鳥クロニクル』という長編小説の一部から、『国境の南、太陽の西』という中編小説が生みだされたプロセスとそのポイントを考えました。

ここにまとめたのは、2つの小説が生み出されたプロセスです。しかし、このプロセスは、なにも小説に限ったものではありません。小説ではなく、何かを説明したり説得したりする文章に、このプロセスを応用することも可能です。

そこで、以下では、小説ではない文章を書くために、『ねじまき鳥クロニクル』から『国境の南、太陽の西』が生み出されたプロセスを応用します。この書き方を、私は、「『ねじまき鳥クロニクル』→『国境の南、太陽の西』文章作成術」と呼んでいます。

ただし、実際の『ねじまき鳥クロニクル』と『国境の南、太陽の西』では、切除の回数は、1回でした。1回切除したことで、『ねじまき鳥クロニクル』と『国境の南、太陽の西』の両方が完成しました。でも、切除を1回に限定する必要はありません。テーマがはっきりするまで、何度でも切除することができます。

そこで、「『ねじまき鳥クロニクル』→『国境の南、太陽の西』文章作成術」は、上の4つのポイントに1つ追加されて、以下の5つのステップとなります。

  • ステップ1:まず、大きなテーマを掲げて、ひとつの文章を書き始める。この文章が、『ねじまき鳥クロニクル』的なもの。
  • ステップ2:文章のテーマをはっきりさせるため、『ねじまき鳥クロニクル』的なものから、いくつかのまとまりを切除して、文章に盛り込まれる要素を減らす。(重要な部分でも、テーマをはっきりさせるために必要であれば、切除する。)
  • ステップ3:切除した部分を核にして、多少小さめのテーマで、ひとつの文章を書き進める。この文章が、『国境の南、太陽の西』的なもの。
  • ステップ4:切除して身軽になった『ねじまき鳥クロニクル』的なものを、書き進める。
  • ステップ5:ステップ3とステップ4から、必要に応じて、ステップ2に戻り、切除する。つまり、『国境の南、太陽の西』的な文章や、多少身軽になった『ねじまき鳥クロニクル』的な文章に、依然としてまとまりがつかない場合、それらからいくつかのまとまりを切除して、それぞれをさらに身軽にする。

これら5ステップは、基本的にはすでに書いた『ねじまき鳥クロニクル』から『国境の南、太陽の西』が生み出されたプロセスと同じです。でも、多少ちがうところもあります。以下では、具体例を交えて、説明します。

(1) まず、大きなテーマを掲げて、ひとつの文章を書き始める。この文章が、『ねじまき鳥クロニクル』的なもの。

「『ねじまき鳥クロニクル』→『国境の南、太陽の西』文章作成術」の出発点は、大きなテーマを掲げて、ひとつの文章を書き始めることです。

大きなテーマとは、根本的なそもそも論です。「タスク管理とは何なのか?」、「Evernoteの力を引き出すには、どんなことに気をつけるとよいか?」、「スマートフォンとどのようにつきあうと、スマートフォンは暮らしを豊かにするのか?」などが、大きなテーマの一例です。

一般に、大きなテーマの文章を書き上げるのは、大変です。なので、大きなテーマを掲げて書き始めた文章は、完成までたどり着かないかもしれません。「タスク管理とは何なのか?」や「Evernoteの力を引き出すには、どんなことに気をつけるとよいか?」といったテーマで、必要なことを全部まとめようと思えば、下手をすると本1冊分くらいの文章を書かなければいけないかもしれません。書き上げられる気がしません。

しかし、「『ねじまき鳥クロニクル』→『国境の南、太陽の西』文章作成術」では、それでもかまいません。最初に掲げた大きなテーマの文章は、そのまま完成しなくても、全然かまいません。まとまりをつけて完成させる自信がなくても問題ないので、とりあえず書き始めます。

この、完成の目途もなく書き始めた、大きなテーマの文章が、『ねじまき鳥クロニクル』的な文章です。

たとえば、「タスク管理とは何なのか?」というテーマで文章を書き始めると、いろんなアイデアを思いつきます。最初に大きなテーマを掲げることの意義は、大きなテーマで書き進めることによって、アイデアを得ることです。

(2) 文章のテーマをはっきりさせるため、『ねじまき鳥クロニクル』的なものから、いくつかのまとまりを切除して、文章に盛り込まれる要素を減らす。(重要な部分でも、テーマをはっきりさせるために必要であれば、切除する。)

大きなテーマを掲げて書き始めた『ねじまき鳥クロニクル』的な文章は、まとめるにはテーマが大きすぎるので、簡単には、まとまりがつかず、完成しません。そこで、文章のテーマに沿わず、まとまりがつかない部分を、切除します。

切除する基準は、『ねじまき鳥クロニクル』的な文章のテーマをはっきりさせるために必要か否か、です。いくら重要なアイデアを含む部分であっても、いくら自分が書きたい部分であっても、『ねじまき鳥クロニクル』的な文章のテーマとずれているのであれば、断固として切除します。

たとえば、「タスク管理とは何なのか?」というテーマで文章を書き始めたところ、次の3つのアイデアを思いついたとします。

  • (1) 「タスク管理をするのは、タスクを忘れるため」
  • (2) 「タスク管理は、タスクの保管とタスクの実行の両方をカバーする」
  • (3) 「タスク管理は、タスクを管理してくれるだけであって、タスクの実行は自分でやらなくちゃいけない」

私自身は、この3つの全部を、タスク管理を考える上で本質的で重要なアイデアだと考えています。でも、この3つのアイデアは、一見、矛盾するような気もします。どんな相互関係に立つのか、よくわかりません。

そのため、この3つをひとつのテーマにまとめるのは、かなり困難です。

そこで、「タスク管理とは何なのか?」というテーマで文章を書き進めるために、この3つからひとつを選び、それをこの文章のテーマとして、このテーマに沿わない部分を切除します。

たとえば、「タスク管理とは何なのか?」を、「タスク管理は、タスクを管理してくれるだけであって、タスクの実行は自分でやらなくちゃいけない」というテーマで書くのであれば、いくら自分が興味深いと思っていても、「タスク管理をするのは、タスクを忘れるため」ということは、その文章からは切除しなければいけません。

(3) 切除した部分を核にして、多少小さめのテーマで、ひとつの文章を書き進める。この文章が、『国境の南、太陽の西』的なもの。

「『ねじまき鳥クロニクル』→『国境の南、太陽の西』文章作成術」のステップ(2)は、文章全体のテーマと沿わない部分があったら、その部分が自分にとってどれほど重要なアイデアであっても、その文章からは切除することを要求します。酷な気もします。

でも、実は、全然問題ありません。なぜなら、その切除した部分を核にして、別の文章を書き進めればよいだけだからです。『ねじまき鳥クロニクル』的な文章から切除した部分が自分にとって重要な部分なら、その部分を核にして、別途、『国境の南、太陽の西』的な文章を書くことができます。

たとえば、「タスク管理とは何か?」というテーマを掲げた文章から、「タスク管理をするのは、タスクを忘れるため」の部分を切除したとします。でも、「タスク管理をするのは、タスクを忘れるため」とのアイデアは、ちょっと面白いアイデアです。普通に考えると、「タスク管理をするのは、タスクを忘れないため」ですから。そこで、この切除したアイデアを核に、「タスク管理をするのは、タスクを忘れるため」というテーマで、文章を書きます。

このテーマは、壮大なテーマから切除した一部なので、それほど大きなテーマではありません。そのため、「タスク管理とは何か?」といった大きなテーマよりは、文章にまとまりをつけるのが、比較的、簡単です。『国境の南、太陽の西』的な文章を書き上げるのは、『ねじまき鳥クロニクル』的な文章を書き上げるよりも、ハードルが低いのです。

そのため、『ねじまき鳥クロニクル』的な文章を完成させる前に、ウォーミングアップ的な意味合いも兼ねて、切除した部分を核とする文章を書き進めるのは、かなり効果的です。

(4) 切除して身軽になった『ねじまき鳥クロニクル』的なものを、書き進める。

『国境の南、太陽の西』的な文章を完成させることができたら、もう一度、『ねじまき鳥クロニクル』的な文章に戻って、書き進めます。

『国境の南、太陽の西』的な文章を完成させた後なら、いくつかの点で、『ねじまき鳥クロニクル』的な文章を書くことが、簡単になっています。

まず、テーマに沿わない部分を切除したので、文章に盛り込むべき要素がすっきりします。その分書きやすいわけです。「タスク管理とは何か?」を考えるときに、「タスク管理は、タスクを管理してくれるだけであって、タスクの実行は自分でやらなくちゃいけない」だけに絞ることができれば、比較的スムーズに進みます。

次に、書きたいけれど泣く泣く切除した部分について、ひとつの文章をすでに完成させているので、そのことを書きたい気持ちが落ち着いています。「タスク管理をするのは、タスクを忘れるため」を書きたい気持ちが落ち着いていないと、「タスク管理は、タスクを管理してくれるだけであって、タスクの実行は自分でやらなくちゃいけない」というテーマで文章を書いているのに、多少強引に「タスク管理をするのは、タスクを忘れるため」を盛り込みたくなりますが、気持ちが落ち着いていれば、そんなことにはなりません。

さらに、すでにとりあえず『国境の南、太陽の西』的な文章が完成しているので、たしょう気楽になれます。

また、関連するテーマで『国境の南、太陽の西』的な文章を書き上げたことで、そのテーマに対する感度も高まっています。よいウォーミングアップです。

そのため、『国境の南、太陽の西』的な文章を書き上げた後は、『ねじまき鳥クロニクル』的な文章を一気に書き上げてしまうために、かなりふさわしいタイミングです。

(5) (3)と(4)から、必要に応じて、(2)に戻り、再度、切除する。つまり、『国境の南、太陽の西』的な文章や、多少身軽になった『ねじまき鳥クロニクル』的な文章に、依然としてまとまりがつかない場合、それらからいくつかのまとまりを切除して、それぞれをさらに身軽にする。

「『ねじまき鳥クロニクル』→『国境の南、太陽の西』文章作成術」は、切除を1回に限る必要がありません。

まず、『ねじまき鳥クロニクル』的な文章のテーマをはっきりさせるための切除を、1回に限る必要はありません。

たとえば、1回目の切除で「タスク管理は、タスクを管理してくれるだけであって、タスクの実行は自分でやらなくちゃいけない」まで絞ったとします。しかし、このテーマで書き進めていると、「タスクを管理してくれる」の中には、「タスクを保管してくれる」「タスク実行の場面でタスクを示してくれる」「タスク実行の手順を記録してくれる」など複数の要素が含まれていると感じたとします。

これら複数の要素をひとつの文章にまとめるのが大変だと感じたら、そのときは、またステップ(2)に戻って、テーマをはっきりさせるために、テーマに沿わない部分を切除することができます。

次に、『国境の南、太陽の西』的な文章を書き進めるときも、切除を活用できます。

たとえば、「タスクを管理すると、タスクを忘れられる」という切除部分を核にして、『国境の南、太陽の西』的な文章を書き進めたら、「タスクを忘れる」の中には、「オフのときに仕事のタスクを頭から消す」ということと、「あるひとつのタスクに取り組んでいるときに、そのタスクに100%集中する」ということがあると気づいたとします。

この2つの「タスクを忘れる」をひとつの文章にまとめるのが大変だと感じたら、そのときは、またステップ(2)に戻って、テーマをはっきりさせるために、どちらか一方を切除します。

村上春樹の文章を扱う力は、常人にはあり得ないくらい高レベルです。高レベルの村上春樹だからこそ、壮大なテーマを抱えた当初の『ねじまき鳥クロニクル』を1回切除するだけで、『ねじまき鳥クロニクル』と『国境の南、太陽の西』という2つの小説を完成させることができました。

でも、常人は、村上春樹ほどの文章力を持ち合わせていません。常人が、最初に大きなテーマを設定して書き始めた文章は、1回や2回切除をしたくらいでは、ふつう、まとまりません。

そこで、「『ねじまき鳥クロニクル』→『国境の南、太陽の西』文章作成術」は、何度も何度も切除を繰り返します。

最初に掲げた大きなテーマからの切除を繰り返して、ひとつひとつの文章に盛り込むテーマを自分で何とか扱える範囲まで小さくすることが、「『ねじまき鳥クロニクル』→『国境の南、太陽の西』文章作成術」の、わりと大切なコツです。

4.おわりに(この文章における「『ねじまき鳥クロニクル』→『国境の南、太陽の西』文章作成術」)

(1) リライト

この文章は、以前書いた同じタイトルの文章を、同じテーマで書き直したものです(以前に書いたのは、『ねじまき鳥クロニクル』→『国境の南、太陽の西』文章作成術)。

もともとの文章を書いたのは、2013年5月のことなので、今から1年4ヶ月前です。書いた自分も半分くらい忘れていました。でも、少し前に、「自分にとって現に機能している仕事術を5つ選ぶなら、何になるだろうか?」と自問自答したら、そのうちのひとつに、この「『ねじまき鳥クロニクル』→『国境の南、太陽の西』文章作成術」が浮上して、「ああ、こんなこと考えたなあ」と思い出しました(現にうまく機能している5つの仕事術)。

考えてみると、この文章作成術は、ここ最近のこのブログの文章のほぼすべてを生み出しています。今の私にとって、現に力強く機能している文章術であり、思考術です。

そこで私は、本棚に眠っていた『村上春樹全作品1990~2000(2) 国境の南、太陽の西 スプートニクの恋人』を取り出して、ゆっくりじっくり「解題」を読み返しました。「解題」を読み返すと、書きたいことがいろいろと出てきたので、『ねじまき鳥クロニクル』→『国境の南、太陽の西』文章作成術をリライトしました。

(2) この文章における、「『ねじまき鳥クロニクル』→『国境の南、太陽の西』文章作成術」

もちろん、この文章も、「『ねじまき鳥クロニクル』→『国境の南、太陽の西』文章作成術」で書きました。つまり、切除を繰り返しながら、書きました。たとえば、「プル型知的生産を機能させるため、知的生産システムを構築して、3つの条件を満たす」は、この過程で切除された部分を核にした文章です。さらに、この文章から切除された部分が「プル型知的生産を活用する。個人的な知的生産がプッシュ型からプル型に転換した話。」となりました。

でも、この「『ねじまき鳥クロニクル』→『国境の南、太陽の西』文章作成術」という文章を書く過程で切除したけれど、まだ文章としてまとめることができていない部分は、ほかにもたくさんあります。今後、気長に、それらの部分を書き上げていけたらいいなと思います。

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『サピエンス全史』は、大勢で柔軟に協力することがサピエンスの強みだと指

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    彩郎 @irodraw 
    子育てに没頭中のワーキングパパです。1980年代生まれ、愛知県在住。 好きなことは、子育て、読書、ブログ、家事、デジタルツールいじり。
    このブログは、毎日の暮らしに彩りを加えるために、どんな知恵や情報やデジタルツールがどのように役に立つのか、私が、いろいろと試行錯誤した過程と結果を、形にして発信して蓄積する場です。
    連絡先:irodrawあっとまーくtjsg-kokoro.com

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